台風の日に枯木灘・海金剛へ

青春切符はまだ二枚しか使っていない。青春切符を使い切ることも出来ないというのでは私の恥だ、テレビで明日は台風が紀伊半島に向かっていると放送していた。ひょっとすると日帰り(青春切符は各停だけだが、どこまで乗っても良く、その日のうちなら何回も乗り降りできる)で行けて台風のときしか見れない風景が撮れるかもしれないと思った。

とにかく朝5時に起きるとすぐに家を出た。列車の中は夏休みの最後ということで、高校生の青春切符組が多い。彼らは、話し掛ければ返事はするが、何を考えて旅行しているのか、とにかく黙って坐っているだけだ。何も考えないための旅行かもしれない。でもローカルの各駅停車に坐った以上は隣の人に話しかけるのは礼儀だと私は思う。各停は本来目的があって乗り、すぐに降りる近隣の人たちだからだ。私は和歌山から通勤スタイルの青年と話をした。長い時間海が見えなかったのに突然景色が開けてきた。どうしようかと慌てていたら、周参見の一つ先の見老津(みおつ)というところで降りて周参見に向かって戻ると良いと教えてくれた。素晴らしい景色だ。昔,合掌海岸にあった茶店はどうなったかと、ふと思った。それらしいところがあったが、代変わりしてレストランになっていて、私には入る気がしなかった。

実は20年程前に和歌山県の観光協会の招きで天神岬に近い田辺の材木屋のやっているホテル(花与ホテル)で市町村の観光責任者を集めた勉強会を一日担当したことがある。それが終った後で行政の人の案内で南紀を回ったことがあるのだ。そこで印象に残ったのが周参見の恋人岬(前の浜が合掌波で瀬戸内海の波と太平洋の波がぶつかるところ)の茶店のご主人だった。ブーゲンビリアを 一年中咲くように育てていた。また合掌波(夫婦波)の場所に鳥居を立てて賽銭箱を置いていた。そこに結構お金が入るのだそうだ。

 

 

私に向かい「あなたとは二度とお会いできないだろうからゆっくりしていけ」、と何度も言っていたのを思い出す。そこがしゃれたレストランに変わってしまったのだ。

さてここから駅に戻るのに20分程だが、手を上げても車は止まってくれない。レストランで食事している人の車は止まっているが、ちょうど食事時で誰も出てこない。手を上げても車は止まってくれない。若い二人連れは絶対に止まらないし、スピードが出ている車は危険なので止められない。

 

どちらかというとゆっくり走っている地元の人の車、それも女性が良い。歩き出し、ここなら上の峠から降りてくる車が止まれるスペースのある場所と見定めて弁当を食べ始めた。すると目の前で、かってにトラックが止まった。 

私のために止まったのかと驚いて立ち上がったらトラックから降りて自分の帽子を追いかけている。海から吹いてくる台風の風で帽子が飛ばされたらしい。大変に耳の遠い人だったが、“これから周参見に行くので周参見になら乗せてやる”と言ってくれた。大声で話をする。途中でも景色の良いところがあり、止まってもらって写真も撮る。やっぱり引き返してよかった。

 

列車を待って駅のホームに坐っていると小学六年か中学の子供がいて「今日は!」と気持ちの良い挨拶をしてくれた。そして自分も次の駅に行く、と言っていた。大変良い感じだ。“将来はどうする”と聞くと、ここで材木に関係した仕事をするといっていた。お父さんが材木を加工する会社で働いているらしい。次の江住に住むおばさんと列車で話をしたが、“今日は台風の影響で波が高いので海が綺麗だ。本当はこれだけ台風が近づけば雨が降るのに空が晴れている。こんな天気はめったにない”と言っていた。また、この駅の近くから周参見のトンネルを出てくる車を撮る人がたくさん来ると言っていた。私は広々とした景色が欲しいのでトンネルなど興味は無い。それは列車マニアなのだろう。この駅は昨年の台風では海水をかぶっ”たらしい。この駅から陸の黒島と沖の黒島に落ちる夕日は素晴らしいと言っていた。江住で三分の時間待ち、無人駅だが笹ユリが駅の前にたくさん咲いている。降りて雨風が激しくなっていた海をバックに写す。

串本から潮の岬に行こうかと思ったがバスが無い。タクシ―に聞くと2400円だという。乗りたくないが仕方がない。タクシーの運転手は定年を過ぎていて、娘が高槻の医療研修施設で勉強をしていたので何回も高槻には行ったと言っていた。

その後NHKの台風情報の時に写す場所に連れて行ってくれた。少しガス(潮)がかかって白内障のような景色だ。私は潮の岬は昔来たが大したことなかった印象がある。大島の方が良いという人が何人もいたと言うと、運転手はここで十分だ大島は遠いという。たまたまバスが出ようとしていたのでタクシーの運転手が手を上げて止めてくれてそれで潮の岬の駅に戻る。しかし途中で大島はどうやっていくかと聞くと、駅からバスが出ているといって調べてくれて順調に行けば乗れそうだだと分かって、そのバスに乗る。私は港で降ろしてもらい、島へ向かうバスを拾うことにする。しかし一時間はバスが無く、それが最終らしい。一日二、三本しか出ていない。大島にはトルコ軍艦沈没祈念館や日米修好記念館がある。島の中は手を上げればどこでも止まり降ろしてくれる。二人のおばあさんが橋から二百メートルほど乗って150円払って降りた。私は終点の灯台で、折り返しのための10分待ちの間に近くを走って写真を撮る。汗みずくだ。そしてやってきたバスに乗り「海の金剛」という場所に近いところで降ろしてもらう。そこに来たトラックに頼んで乗せてもらい、あとは展望台までは歩きだ。展望台に行って驚いた。

「海の金剛」とはよくぞつけたと思う名だ。もっとも普通の日なら大きな岩がゴロゴロと転がっている感じだろう。しかしこの日は違う。太平洋の向こうから大波となって押し寄せてきている。風の谷のナウシカの終わりの方の場面で登場するオームという巨大化した昆虫の群れが押し寄せる感じだ。次のバスは一時間半後なのでゆっくりしていた。そしたら先ほどちょっと乗せてもらったトラックの人がやってきた。左官屋さんで仕事が暇なので波のある海を見に来たらしい。この後串本に戻ると言うので、串本駅まで乗せてもらう約束をする。いろいろ話をしたが、今は仕事も無いらしい。駅まで送って、もし列車がなければ橋杭岩に連れて行ってあげようと言ってくれた。

  駅に飛び込んだら、今4時20分の各駅が出たとこで6時30分まで2時間列車が無い、と言われる。そこで先ほどの人に橋杭まで運んでもらう。5分で行ける、とこの人は言っていたが、それは、車でのことで歩けば30分はかかる距離だった。

ここも台風のおかげで橋杭岩に波が押し寄せている良い写真がとれた。台風で暗くなっていた。しかし暗いほうがすごみがある。ここから駅までは別の人に乗せてもらう。まだ時間は一時間あった。そこでキャベツのお好み焼きを三つ買い、スーパーで、トコロテンと饅頭とお茶を買う。駅でいろいろ調べてもらったが、普通列車だと高槻には大阪駅からの最終の12時20分に乗り、家には一時になることがわかった。家には一時と連絡したが、特急の前に各駅があり、それは周参見で特急に抜かれるので周参見からは特急に乗り換えて、御坊で降りて普通電車で和歌山、そうでないと青春切符が使えない。そこから日根野で関空からの快速に乗り換えると11時前に天王寺に着けると分かった。結局大阪からは11時の新快速で11時15分に高槻に着いて乗り合いタクシーで帰った。