いつもは千畳敷から胸突き八丁を上るのだが、今回は反対回りで宝剣岳への道を取る。

アリのような行列で宝剣岳の鎖場に上る人たちがいた。 私も挑戦した。

家族ずれに会う

 宝剣岳の下に降りると、下から上がってきた若い夫婦に出会った。 よく見るとそれぞれが背中に子供を背負っていた。 胸突き八丁をふうふう言いながら登ってくる所なのに涼しげに上がってきたので声をかけた。 二人は山の仲間で知り合って子供が出来たら子供もつれて山に登る約束をしており、今回念願かなったのだそうだ。 こんな夫婦であれば、人生の山坂も立派に登るだろうと思った。

 

バスターミナルに戻り吊り橋の近くで絵を描く場所を探す。吊り橋はお土産センターの裏で、外からはわからない。

 

前を向いて天竜川の支流である大田切川を北の駒ケ岳を見つつ描き、次に後ろを向き南アつルプスを見つつ描く。ユース・ホステルに宿泊を頼もうとしたが電話が繋がらない「五平餅と山菜料理」の看板を出している店があったので入ってユースのことを聞くと、ユースのことは何も知らない。店の親父さんに、「自分は絵を書きに来たのであまり高いところはいやだ。

  安いところを世話してくれれば晩飯はお宅で食べる、と言うと、電話で民宿の天山をとってくれた。天山も素泊まりというとあまり喜んでいない。 朝食つきで5200円と言われる。まあいいだろう。泊まる所が決まり安心したので、荷物を置かせてもらって、もう一度橋のところに戻って絵の続きを描く。 赤い屋根がコマクサの湯だ。

赤い屋根がコマクサの湯、第三セクター

六時半に戻ってきて、ここで「山菜てんぷらソバ」を注文する。山菜はそのへんでとってきたのだろう。少し硬いものもあるがてんぷらはうまく出来ている。ソバだけでは持たないので、ご飯が欲しいというと、家のご飯でよければというので頼んで出してもらう。二杯食べたら1150円だった。

 

親父も息子もともに坊主頭、派手なイヤリングもしている。山菜料理と言う感じではない。親子のヒッピーのようだが、カウンターに置かれた写真とそこに書かれた言葉が素晴らしかった。

タンポポの写真に添えて

「この私が雑草ですか

 

 雑草ってなんですか」

 

「放浪の末やっと見つけた安住の地で

 

 光作ともうまくやってるんだ

 

 虫さんや鳥さん達とも」

 

 「雑草なんて無いよ

 

 都合のいいものだけが草花で

 

 それ以外は雑草だなんて

 

   まあいいや」

 

こんな文章が続くのだ。 そしてそれぞれの花や虫の幼虫が食べているものは何か、サナギはどの木に付くかなどを話してくれた。 これが多分この親子の生き方なのだろう。

 

 親父さんに絵になる場所を聞くと、池が幾つかあり、その池に映る山の風景を描いている人が多いという。 しかし皆が描くポイントではなく自分の景色を見つけたいのだ、と言うと橋を渡った向うに自然の川が流れている、と教えてくれた。 そのあたりで山菜も取るのだろう。

次の日に良く知った人に連れて行ってもらった。 堤防も土手もなく、コマクサが咲いていた。

 民宿天山に行くと、風呂が壊れているので、「こまくさの湯」という温泉に入ってきてくれと言って入浴券をもらった。

 

 とりあえず天山に荷物を置く。ここの奥さんはユースの奥さんも良く知っていた。ユースは潰れていない、今日は音楽会に行ったはずだと言っていた。この天山は梁山泊のような宿だ。宿の前に幾つかある赤い美濃紙で出来た提灯は薄暗く、入り口は落ち込んだ場所にあって、その下を川が流れている。天然の水洗式だ。「こまくさの湯」の50円引きチケットをもらって温泉に入りに行く。第三セクターだがいい温泉だ。南アルプスの山の形と北アルプスの山の形が中の壁面に薄い岩に形どおりに切り込んで表現されている。この岩板が一週間ごとに入れ替わるらしい。お風呂で地元の叔父さんと話をする。「いくつに見えるか」と言うので70過ぎと思ったが70前と言うと、71だという。飲み屋女の子は若く言ってくれるらしい。自分は農家の次男で下に三人いたため、それを養うために若い頃から働いて損をしたと言っている。かってはブローカーをしていて羽振りのいい時は飲み屋の女の子に金を使ったらしい。あらゆる仕事をし博労もしたという。なかなか気骨のある叔父さんで、相手をしていると、いくらでもしゃべりそうなので、早々に切り上げた。

 

 朝早く一番のロープウェーに乗るために9時に寝たら夜中の12時に目を覚ましてしまった。、

 この文章を書いていたら目がさえてしまい寝れない。四時半に起きて外に出る。走ってきた車に手を上げたが乗用車は二台とも止まってくれない。物騒な世の中なので用心されたのかもしれない。そこへトラックがバカにゆっくりと走って来たので手を挙げる。

 

 「つり橋はどこですか」と聞くと「自分はこのあたりの河川の管理をしている者なので案内をしてあげる」と言ってくれた。80歳ぐらいの人である。この人は、全国を工事で回ったが、箱根の富士山は別として「こまくさの湯」から見た駒ケ岳が一番だ、この駒ケ根は狭いところだが、これほど見るところが多いところは他にない。池も四つある」と言う。「昨日山菜食堂で聞いたが、つり橋の向うに自然の残った川があるそうだが」と聞くと「あれは、川ではなく樋(ひ)だ」と教えてくれた。

 樋とは大雨の時は上で止めてしまうので洪水は気にしなくても良い川で、農業用に普段は流しているものらしい。しかし護岸工事を全くしていない川は珍しい。北海道の川のようで、奔馬のごとく、とうとうと自由に流れている。上に行くと滝もあるが、そこは危険で工事の申請をしている人しか入れない。“わしは入れる”ということで近くまで案内してくれた。

 とにかく親切な人で、いくつかのポイントを回り、私が写真を撮るのを待ってくれた。

 「この駒ヶ根は全国でも最も人気のある場所だ。自分も他所の地で親切にされると嬉しいし、評判を落としたくないので観光客のお役に立つようにしている」と言っていた。 私はいずれ絵と一体になった旅行記を書くつもりだ、そこに叔父さんを登場させますよと言ったら喜んでくれた。

 

 その後で山菜食堂に行った。前日“お宅ではペットボトルの飲み物は売ってないのか”とオーナーの息子らしき人物に聞くと、うちは飲料水は売っていないが明日の朝まで待ってくれれば用意すると言ってくれた。 

 そして朝食の時にペットボトルに冷たい麦茶を入れて出してくれた。食後、バスセンターに行くと既にたくさんの車が止まっていていた。皆ロープウエーに乗る人たちだ。200人はいただろう。雨がよく降ったため、今日は今年最高の人の出だったと後で聞いた。

 

 切符を買う人が並び、バスに乗る人がまた並んでいる。どうせ臨時が出るだろうと思い、並ばすに吊り橋のところに絵を描きに行く。結局714分のバスより早く出る臨時と定時のバスの直後にもバスが出て四台目のバスに乗ることが出来た。

 

 補助席にも座るが立ったら危険な道なのだろう。それとグネグネと走るので酔う人もいる。混んでいるときは二時間待ちでロープに乗り、帰る時は最終ロープは五時なのに八時頃までかかってさばくこともあるらしい。

  隣に坐った人が山登りに慣れている感じがしたので聞くと、やはり地元の人で「しらび平」(バスの終点)まではバスを使うがロープウェーに乗らずに頂上までのぼり、帰りはロープに乗らないと今日中には帰れないので乗るのだ、と言っていた。昔はバスも無かったからJRの駅から歩いたとも言っていた。たいした人だ。駅から歩くとしらび平の「日暮しの滝」あたりで日がくれるのでその名がついた、とも教えてくれた。この人は、これからの夏山登山に備えての足慣らし、と言っているが、これから登る山道は登る人がいないために廃道になっており、この人の足でも四時間はかかるらしい。

 

 頂上の千畳敷でロープを降りて一時間かけて中岳まで行ったが雲があって何も見えない。千畳敷で全く見えないのは最悪だが、私も二度ほどあった。時間さえあればいずれは見えるはずだが、団体を連れてきた幹事は大変だ。“お前の日頃の行いが悪いからだ!”と怒られていた。

 

 私はガスなどなんとも思わず、ガスが晴れた瞬間に写真は撮っておくので変化がある方が面白い。しかし今回は頂上駅まで下りることにする。

 

 

下りのロープウェーで、しらび平に降りると天気は晴れていた。ここから15分程上に登ると日暮の滝があるというので、それを見に行く。 

滝近くには白い大きな石が40度ぐらいの角度で転がっている。その上には立てないので寝転がって写真を撮る。宿に荷物を取りに帰る前に今朝見た吊り橋に行き一枚絵を描く。何も食べていないので腹が減った。「産地お土産センター」で地元の取れたてトマトの大きいのを一つ買い、それを食べながら、ピラフを作ってもらって食べる。 

 宿に荷物を取りに行ってバスの時刻を聞いてインターチェンジ発3時40分に乗って帰る。